imaで阿部建設と恊働する建築家・伊礼智の、小さくてもゆたかな暮らしを実現するための6つの作法をご紹介します。伊礼智が数多く生み出している心地よい住宅がどのような考えからつくられているのか、設計のポイントをお確かめください。
住まいを設計するにあたり大事なことが二つあります。ひとつは住まい手の要望を整理すること、もうひとつは敷地を読み込み敷地の可能性を探ること。設計者は、この二つの間(はざま)で雑多な情報や条件を整理していくことになります。このとき、大切になるのは「単純に解く」ということ。問題を切り捨てるのでなく、複雑なまま付加していくのでもなく、より少ない線で解けるその時を求めて、スタディーを重ねていきます。プランとしては単純に見えても、立体で立ち上がったとき、決して凡庸でなく、機微に富み、滋味あふれる空間であることが大切です。シンプルな形にまとめることで、雑味のない空間と生活が浮き出されてくる。…「心地よい」と感じる空間はそのようなものです。そんな空間には、永く飽きが来ず、将来的な暮らしの変化にびくともしない、懐の深さがあるのです。
蟹は自分の甲羅に似せて穴を掘るといいます。自分の身の丈にあわせて小さくまとめようとするのは、生き物の本来の姿なのでしょう。「足るを知る」…本当に必要なものを整理し、設計する。そうして考え出された小さな住まいは、決して貧乏くさいものではなく、むしろ豊かさを生み出すものだと思います。小さな家といっても決して狭い家ではなく、広々と住むことのできる家を考えることが設計の醍醐味でもあります。小さくまとめようとすると必然的に無駄をしないようになります。きちんと設計すれば、小さな面積で住まうことが可能になるのです。小さな家は省資源でつくれますし、余った敷地に木々を植えることで、家のまわりの微気候を整えることもできます。小さな家に住むことは、美徳といえるかもしれません。
設計者は斬新な設計をしたがるものです。新しいカタチや空間に価値を追い求めてしまいがちですが、それが必ずしも「居心地の良さ」につながるとはいえません。「居心地の良さ」を考えるということは、決して次元の低いことではなく、むしろこれまで本気で語られてこなかった宿題のようなものなのかもしれません。だからこそ、「心地よい」と感じる空間、設計手法を考えていきたいと思うのです。学生の頃、尊敬する建築家・吉村順三さんは「気持ちいい」という言葉をよく使いました。そして「いいなぁと思ったら、どうしていいのかを考えなければダメだよ」とおっしゃいました。寸法なのか、風合いなのか、いいと思った理由を自分の言葉で説明できてはじめて「居心地の良い」住まいを設計できるようになるのです。
これまで、住まいの設計とは、クライアントのために世界にひとつだけの住宅をプランすることだと言われてきました。しかし、そんな家づくりがクライアントのエゴを助長させ、町並みや環境に配慮の欠けた身勝手な住まいを増殖させてきたともいえます。住まいは、斬新と呼べるほど個性的である必要もなく、雑誌の切り抜きの集積のような安易なものでもありません。良くできた住まいとは、住まい手の個性やつくり手のエゴが表に出ず、多くの人の生活を許容するようなスタンダードな価値観を包括しているものです。控えめで簡素であっても、品があり滋味溢れる普通の感覚のあたりまえな家。丁寧に設計され永く住み継いでいくことのできる、たしかな家。…そんな日本のスタンダードな住まいを考えていきたいと思っています。
最近では、閉じた住まいが増えてきたように感じます。それと同時に町並みが楽しくなくなってきたように思うのです。家そのものは新しく綺麗になりましたが、生活感が伝わってこない町並みになってしまったのではないでしょうか?省エネ、温暖化防止という命題がこうした高気密高断熱で内に籠る家づくりを加速させたように思えるのです。しかしながら、設計は外部をどれだけ採り入れられるかといっても過言ではありません。自分の暮らしに変化をもたらし、自分に影響を与えるのは基本的に外からやってきたものです。いいものはソトからしかやってこないのです。光、風、コミュニケーションなど、外部とどう関わるかが住まいの豊かさに影響します。つまり、豊かさは外部と関わる姿勢と器量にあるといえるのです。
建築は決して見えるものだけで構成されているわけではありません。東京芸術大学の大学院で奥村昭雄先生から学んだことのひとつに、「建築は見た目だけではない」ということがあります。奥村先生は建築はもとより、家具の設計や空気集熱式ソーラーの研究やコンピューターの中での植物の成長システムの研究、生ハム製造機「ハムレーくん」の開発など多彩な業績を残されましたが、住まいにおける「居心地の良さ」には、そうした空気や熱といった要素がおおいに関係しているのは、単なる偶然ではないでしょう。温度や湿度、手触りや質感など、見えないものがきちんとデザインされていないと、質の高い環境にはなりません。「見えないものをデザインする」ことが、これからの新しい建築につながっていくと考えています。